なぜホラー漫画の「異様な擬音語・擬態語」は不気味さと恐怖を誘うのか?文字の視覚表現と心理効果から読み解く
ホラー漫画において、絵やコマ割りだけでなく、読者の心理に強く働きかける要素の一つに「擬音語・擬態語」があります。これらは本来、音や様態を文字で表現するものですが、ホラー漫画ではしばしば、現実にはあり得ないような異様さや不気味さを帯びて描かれます。単なる効果音の文字化を超え、視覚的なインパクトや心理的な揺さぶりを伴うこれらの表現は、読者に独特の恐怖感を与えます。この記事では、ホラー漫画における異様な擬音語・擬態語がなぜ読者に不気味さや恐怖を誘うのか、その秘密を視覚表現、心理学、認知科学といった多角的な視点から読み解いていきます。
異様な擬音語・擬態語の視覚的特性
まず、異様な擬音語・擬態語の視覚的要素に着目します。一般的な漫画の擬音語は、音の性質や強さを線の太さ、文字サイズ、書体などで表現しますが、ホラー漫画におけるそれは、しばしば極端な歪み、非対称性、有機的な形状、あるいは異質なテクスチャを伴います。
例えば、「ドクン」という心臓の音を表す擬音語が、心臓そのものの形のように歪んでいたり、血や肉塊のような質感を伴って描かれたりすることがあります。また、「ジワ…」のような静かな不気味さを表す擬音語が、背景を侵食するように広がったり、微細な点描や複雑な線で埋め尽くされたりすることもあります。これらの視覚的特徴は、単に音を伝えるだけでなく、それが発せられるであろう状況や存在の「異様さ」「汚さ」「粘着質」「不定形さ」といった非言語的な情報を強く印象づけます。これは、視覚情報が直接的に感覚や感情と結びつく脳の働き(例:情動認知)を利用した表現と言えます。
視覚と言語、心理の乖離
次に、これらの視覚的要素が読者の心理や認知にどのように作用するかを考察します。人間は日常的に文字情報を処理し、意味を理解していますが、同時に文字そのものを視覚的な図形としても認識しています。異様に描かれた擬音語・擬態語は、この二つの側面を同時に刺激します。
まず、文字としての形から、それが本来表現しようとしている「音」や「様態」を連想させますが、その視覚的な歪みや異質さが、連想されるイメージに強い「違和感」や「不気味さ」を付加します。これは、日常的に見慣れた文字やパターンが非日常的に変容することで、パターン認識のシステムに混乱が生じ、未知や異常に対する警戒心が喚起されるためと考えられます。心理学においては、馴染みのあるものが不自然に異化される際に生じる不快感や恐怖は、「不気味の谷」現象の一端とも関連付けられるかもしれません。
さらに、擬音語・擬態語が単なる文字ではなく、まるで生き物のように歪んだり、背景を侵食したりして描かれる場合、読者はそれが表現する音や様態だけでなく、擬音語そのものが持つ「存在感」を知覚することになります。これは、視覚芸術における「物体のテクスチャや形態が感情を喚起する」という考え方にも通じます。擬音語が、音源を示す記号から、異様な「もの」へと変貌するのです。
コマ全体との相互作用
また、異様な擬音語・擬態語は、しばしば物語の状況や描かれている絵と組み合わさることで、その効果を増幅させます。例えば、何もないはずの空間に異様な形状の「ゴゴゴ…」という擬音語だけが描かれるコマは、その音がどこから来ているのか、何が起きているのかを想像させ、情報不足による不安を煽ります。
また、キャラクターの身体が変形する描写に、その変形に伴うであろう生理的な音を連想させる異様な擬音語(例:「ドロリ」「グチャ」)が組み合わされることで、視覚的な嫌悪感が聴覚イメージによって補強され、生理的な嫌悪と恐怖が同時に引き起こされます。これは、異なる感覚情報を同時に刺激することで、脳内でより強い情動反応が生じるクロスモーダル現象の一種として捉えることもできます。擬音語・擬態語は、描かれた絵単体では伝えきれない生理的な音や感覚、場の重苦しい「空気」や「気配」といった情報を補完し、読者の知覚を歪ませる効果を持つのです。
結論:視覚と言語の境界を侵犯する表現
ホラー漫画における異様な擬音語・擬態語の恐怖は、単に大きな文字や鋭い線で音の大きさを表現することに留まりません。その文字デザインそのものに異様さや歪み、生理的な質感を付加することで、読者の視覚認知に直接働きかけます。そして、日常的な文字や音からの逸脱が引き起こす知覚の混乱や不気味さ、文字そのものが異様な存在として知覚される効果、さらには描かれた絵や物語の状況と組み合わさることで生まれるクロスモーダルな恐怖といったメカニズムを通じて、読者の深層心理に潜む未知への不安や生理的嫌悪感を巧みに刺激しているのです。異様な擬音語・擬態語は、ホラー漫画家が文字を単なる情報伝達の記号としてではなく、感情や感覚に訴えかける視覚芸術表現として駆使していることの証であり、その表現の秘密を知ることで、ホラー漫画の奥深さをより深く理解できると言えるでしょう。